定年を迎えてみて会社人生に出身大学のブランド名はあまり関係なかったと思う件

日常

夜9時頃、電車の中で有名進学塾の指定リュックを下げて帰途につく子供達を見るといつも思う。
この内の多くの子が有名大学を出て良い人生を歩むことを期待されているのだろう。
今のご時世塾の授業料を捻出するのが大変な家庭も多いだろうな。
この子達の親御さんは自分が有名大学を出たことで良い人生を送っているのだろうか?
その逆で苦労をしているから子供には自分より良い人生を歩ませたい?

1.私が定年を迎えてみて思うこと
自分はいわゆる高偏差値の有名大を卒業した後約35年間某一部上場企業に勤め定年を迎えた。
就職に際して親の意向に従わずあまり有名でなく出世に学歴が関係ない企業で働いたせいもあり、最終的に管理職となり相応の処遇は受けある程度満足のいく生活をしてきたが、その中で出身校のブランドが有益に働いたと感じたことが全くない。
たまに人から○○大出身なんてすごいですね」とお世辞を言われるのがせいぜいであった。
会社内で有名大を出ておいてよかったと言っているのを聞いたこともない。
就職時にたまたまそういう社風の会社を選んだこともあるのだろうが、今の時代は上場企業でも出身大学のブランドが出世にほとんど関係ない会社も多い。
年功序列の時代はとうに過ぎ去り、出身大学のブランドに関係なく入社後の実績や実力で上位職に選抜しないと企業自体が生き残れないからだ。

2.私の受験と就職
私はいわゆる「教育熱心な」親のもと有無を言う余地なく行きたくもない塾や予備校に通わされ、いわゆる進学校・有名私大に入って上場企業に就職したが、勉強自体は嫌いではなかったものの受験勉強は大嫌いだった。いわゆる受験テクニックをひたすら覚えるというやつだ。
だが親に強いプレッシャーをかけられて一日何時間も机に向かい、効率の悪い勉強の仕方をして、結果大学に入学する時点では燃え尽きてしまったタイプである。結果学生時代を大したこともせず無為に過ごし、ひどく世間知らずの状態で社会に出たので「学生時代は、勉強は嫌いだったのでスポーツに打ち込みました」というタイプの心の健康な同期生が入社早々活躍するのが眩しく見えたものだ。

3.勉強は大人になってからでもできる
大人になってから学生時代にもっと勉強しとけばよかったと後悔する話はよく聞く。が、それは社会の中で生きていくために必要な実践的な知識がある方が何かと有利だと社会に出てから気付いたのであって、卒業した大学のブランドにこだわって言っているのではない場合がほとんどと思う。
たとえ有名大を卒業しなかったことがネガティブな要因になった場合でも、親がもっと勉強を強要してくれればよかったのにといっているのを40年間生きてきて一度も聞いたことがない。
そして、子供の頃は勉強しなかったが勉強は必要だったと気付いた人は、そこから勉強をし直して活躍している。

4.無理に子供を受験勉強を強いない方がよいと思う
ある特定の学校に行きたい、一流大学に行ってみたい、受験勉強が楽しい、学校での遅れを取り戻したい、と子供自身が本当に言うならそうさせればよいと思う。だが親の見栄や「子供の将来を思えばこそ」という思考優先の動機が元で子供自身の意に沿わず受験戦争に参加させるのなら、子供に後々の人生にとってよくないのではないかと自分の経験から痛切に思う。私もそうだったが、素直な子供ほど直接的か間接的かによらず親からの指示や示唆には逆らい難いものだ。

子供の受験に熱心な親御さん達は、盲目的に子供に無理に勉強を強いることで子供の人生の大切な時間や生きるためのエネルギーを奪うことになっていないか考えてみた方がよいと私は切に思います。

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