自分を大切にする勇気、流されてみる勇気

生き方

なんかのメンタル系の本のタイトルのようだが、自分のようにいわゆる毒親サバイバーとしてかれこれ何十年も優等生ヅラばかりしながら、いつでも誰かから何かを急かされているような気分で生きてくると、いつの間にか「自分を大切にする」という人間として一番大切な生き方ができなくなっていた。

会社を辞め、同時に親とも連絡を取らなくなり、人の顔色を伺いながら生きることを一切やめてみたらすっかり気分が楽になった。
気分がいいのは、ついでに酒を飲むのも一切やめたせいもあるかもしれない。すごくよく眠れるようになった。

これまでいつ何時も、親に尽くすことや気を遣うこと、そして親の世間体を保つために自分が周囲から優秀と思われることを当の親から強制されながら生きてきた。
そうするうちに自分本位にのんびりと過ごすということが全くもってできなくなっている事に気付き愕然とした。

子供の頃から思春期まで、のんびり昼寝していると「寝てる暇があったら勉強しなさい。目の前にいる私(親)をぞんざいに扱うことは許さない」とヒステリックに攻撃してきた親はもう目の前にはいない。

仕事をチンタラやっていると「あれはできたか、これはどうなっている」「できてない?しょーがねえなー」と嫌味を言ってくるクソ上司ももういない。

今は夕方の6時。
今日も一日妻と散歩に出掛け、あてもなく街をブラつき食事をして、家に帰ってから妻とコーヒーを飲んでおしゃべりをして、先程まで1時間ほど昼寝をしていた。妻も昼寝をしていてまだ起きてこない。

本当はピアノを1,2時間練習してから散歩に出掛ければよかったのだがまあいいや。
気が向いたら今日これから練習するであろう。

こうして自分を甘やかすことはなんと楽しいのだろう。

自分を大切にできているという実感さえあれば、別に毎日が充実なんかしてなくったっていい。
いつもいつも有意義に過ごせなくてもかまわない。
所詮なるようにしかならないのだと皆さんもおっしゃってるし。

でも、本当に心からそう思えるようになるまでに自分としては結構な時間と勇気が必要だったのだ。

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