会社を退職して半年が経ち、毎日暇なので次に何をしようか常に考えながら日々を過ごしている。
人間は誰しも、生きる意味を感じながらその日1日を過ごすことに必死になっている存在だと思う。たとえどんな状況であっても。
だから、何もせずに1日を終えると、また無駄な1日を過ごしてしまったとなんとも言えない失望感があるのが一般的だと思う。
とはいえ、私の場合、日中次に何をしようかと考えた時に、
・ピアノの練習をして次のセッションやバンドのリハーサルに備える。
・本を読む。できるだけ高尚なものを読むと少しでも研鑽を積んだ気分になれる。
・散歩して足腰を鍛えて将来に備える。
というあたりが有意義な過ごし方なのは頭ではわかっている。
ただ、そうはわかっていても身体がやりたがらない、手や指が動こうとしない、足が向かないことは極力やらないようにして過ごす。
そして、ずっとソファにうずくまり目を閉じたまま時間が過ぎるのを待つ。
そうしているうちに、もしかしたら身体がやる気を起こすかもしれない。
有意義さを求める頭での思考と本能的にやりたくない身体による思考との闘いである。
そのまま何時間も過ごしてしまうこともある。
私の場合、そういう時に快も不快も感じない。良い感じも悪い感じもない。
そしてほとんど有意義なことは何もせずに1日が終わることもある。
たまには有意義なことを1日トータルで2時間から半日くらいはするもある。
そんな日々を送っているのだが、身体の発する声に従って何もしなかった1日の方が、無理に頑張って有意義なことをした日よりも意味のある1日だったと思えるのはなぜだろう。
もしかしたら、今は生きるのをサボってエネルギーを貯めておこうと身体が将来に備えているのかもしれない。


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