やる気を出すためには、やる気が出るまで待つしかないのでは、と思う。

生き方

よくSNS上や巷の書籍で「やる気を出すには」というのを見かけるが、そもそもどう言う時にやる気を出す必要があるだろうか。

例えば働かなきゃとか勉強しなきゃ何かの練習をしなきゃという時だと思う。

とすると、働かないとお金が得られなくて生活できなくなるとか、学校に入れないと人生が狂うとか(それが本当かはともかく)、発表会や大会で成果が出せなくて惨めな思いをする事になるとか、なんらかのまずい結果になることを避けるために私達は皆「やる気を出す」必要があるのだろう。

でも、そんなにやる気がなくても仕事や勉強や練習はできるのではないだろうか。

決まったルールや仕組み通りに機械的に身体を動かしたり頭を働かすことはできると思う。
私は会社員時代ほとんどそうやって働きながら生きてきたと思う。
そんなやる気のない働き方ではまずかったのだろうか。

もしかして、そのように機械的に作業を始めるための精神的な発火作用やエンジン内のスパークのようなものをやる気と言っているのかもしれない。

だが、それってノウハウでもって無理して生み出すべきものなのか私には疑問だ。

私についていえば、もっとピアノの練習をしなければ音楽について成果が出せないので、練習するためのやる気が必要である。

だが、やる気が出ない時はひたすら他のことをするなりじっとしていて、やる気が出るのを気長に待つことにしている。

「やる気が出ない・・・。このままいくと今日はピアノに触らずに1日が終わってしまうかもしれない。でも、ま、いっか。」のように思ってのほほんとしていると、ある瞬間に身体が自然にガバッと起き上がりピアノに向かいひたすら何時間も弾き続ける、こともある。
これがもしも、ピアノを弾くことが私の職業だったら、もっと機械的にピアノに向かう時間が増えたのだろうか。

SNS上で「何もかもどうでもよいと思うと人生が好転する」という趣旨の動画を見かけるが、これも似たような話のような気がする。

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